私の羽田アルバム

Posted on 2016-09-24
私の羽田アルバム

  「私の羽田アルバム」は、羽田航空博物館プロジェクト(HASM)のバーチャルミュージアム企画の一環として、会員および一般の方々から羽田空港に関する写真を集め、その時代の羽田空港の様子や羽田空港と社会との関わりを分かり易く展示することを目的としています。たくさんの方々から写真を提供して頂いていますが、まだ不十分であり、さらに充実させるためにも、これからも皆さまからの写真の提供をよろしくお願い致します。

戦前(1945年まで)
・1931年(昭和6年):羽田に東京飛行場開設(52.8ha、300m×15mの滑走路1本)
                                           法政大学「青年日本」号欧州訪問飛行に成功
・1937年(昭和12年):朝日新聞社の亜欧連絡機「神風」号の命名・出発式
                                           航研機、東京飛行場で初飛行
・1939年(昭和14年):毎日新聞社の「ニッポン」号が東京飛行場を出発、世界一周飛行に成功
                                           東京飛行場の拡張(731ha、800m×80mの滑走路を十字型に配置

終戦からターミナルビル完成まで(1945年~1955年)

・1945年(昭和20年):日本は航空活動(作る、持つ、飛ばす)を禁止される。羽田空港が進駐軍により接収、ハネダ・エアベースとなる
・1946年(昭和21年):ハネダ・エアベース拡張(257ha、2,100m×45mと1,650m×45mの滑走路)
・1947年(昭和22年):ノースウエスト航空、パンアメリカン航空乗り入れ開始
・1951年(昭和26年):航空再開。日本航空㈱設立、国内線運航開始(ノースウエスト航空に委託)
・1952年(昭和27年):ハネダ・エアベースの接収解除、東京国際空港となる。日本航空DC-4で自主運航開始。極東航空、日本ヘリコプター輸送設立
・1953年(昭和28年):極東航空と日本ヘリコプター輸送が合併して、全日本空輸誕生
・1954年(昭和29年):日本航空、DC-6Bにより国際線(羽田-サンフランシスコ)運航開始
・1955年(昭和30年):東京国際空港ターミナルビル完成     A滑走路を2,500mに延長

プロペラ機の時代(1955年~)

・1958年(昭和33年):東京国際空港が全面返還

ジェット機の時代(1959年~

・1959年(昭和34年):BOAC航空のデ・ハビランドDH.106コメット、パンアメリカン航空のボーイングB707就航
・1960年(昭和35年):日本航空のダグラスDC-8就航
・1961年(昭和36年):全日空のヴィッカース・バイカウント、フォッカーF-27フレンドシップ就航
           日本航空のコンベアCV-880就航 A滑走路を3,000mに延長
・1962年(昭和37年):YS-11初飛行、東京国際空港で完成披露と公開試験飛行を実施
・1963年(昭和38年):ターミナルビル拡張工事完成 
・1964年(昭和39年):C滑走路供用開始(3,150m×60m) 全日空のボーイングB727就航  
           東京オリンピック開催

国産機YS-11運航開始(1964年~1970年頃)

・1965年(昭和40年):YS-11就航

ジャンボ機就航(1970年~1978年頃)

・1970年(昭和45年):ジャンボ機就航、大阪万博開催

新東京国際空港開港(1978年~1993年頃)

・1978年(昭和53年):成田に新東京国際空港開港
・1988年(昭和63年):新A滑走路供用開始

沖合展開以降(1993年~)

・1993年(平成5年):第1旅客ターミナル供用開始
・1997年(平成9年):新C滑走路供用開始
・2000年(平成12年):新B滑走路供用開始
・2004年(平成16年):第2旅客ターミナル供用開始
・2010年(平成22年):新国際線旅客ターミナル供用開始、D滑走路供用開始

その他(未整理の写真など)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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